2008年02月29日

二択で外しまくる

最近、ある仕事で二択を外し続けてかなり凹んだ。

例えば、2枚の写真があり、どちらか一方しか入らない。そこで自分が選んだ写真がクライアントから却下される。理解しづらい内容の表現を、もう少し分かりやすくまとめたつもりが、見にくくなったと却下される。そんな感じだ。

気づいてみれば、自分も自分の部下に同じようなことを言っている気がする。デザインラフを作らせてみて、「もう少し緊張感を出すように心がけてみて」などと言って、やり直させた結果、「前の方がマシだったね」なんていうことがある。おそらく、相手は凹んだだろうね。

写真の選択も、表現の手法も、決して正解があるわけでなく、好みによっても結果が違ってくるものだ。それを頭ごなしに「選択を間違えている」と決めつけるのは危険なようだ。みんな、その時には正しい選択をしているつもりなわけで、それを否定された時に、判断能力が弱くなり、萎縮してしまう。あまりに萎縮すると、自分の責任で決めるというより、相手が気に入るものを選ぶようになってしまう。

まあ、デザインで「二択で外しまくる」ことがあっても、死ぬわけじゃないし。自分を成長させてくれる「栄養源のような失敗」を肴にして酒でも飲もう。
posted by ふぁくと at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | デザイナーを目指す若者へ

デザインの引き出し

若い頃からよく「デザインの引き出しをいかに多く持つか」などという、先輩デザイナーの言葉を耳にしたものだ。「引き出し」とは、アイデアに近い感覚だろう。

例えば文字を目立たせて欲しいという要望はよくあるが、文字を大きくする/太くする/色ベタで抜くなど、いろいろな方法を考えつく。これらは単純に「デザインの引き出し」と呼でべるのだろうか。僕が思うに、これらは誰でもすぐに思いつく手法であって、特別に引き出しとは呼び難い。

僕はつい最近まで、長年の経験で得た「デザインの引き出し」を多く持っていると、勘違いしていた。現に、少しの間グラフィックデザインから離れていて、久々にイラストレータで広告のデザインを始めたとき、次々とデザインの引き出しが開き、デザイン作業が進行することはなかった。

逆に気がついたことがある。かつて自分が身につけたレイアウトの法則は覚えていて、レイアウトを進めて行く中で、その重力のようなものに引き寄せられて行くということ。上手く説明できないが、レイアウトは自分の好きな方向に向かって動いていて、それは止めることが困難なのかも知れないのだ。

ということは、ケースバイケースで、その時に相応しいレイアウトを経験することにより、毎回納まりの良い、美しいレイアウトが出来るようになるのか。そう言えば、レイアウトの上手な先輩デザイナーは、どのような仕事でもある程度美しいレイアウトができたような気がするし、当時の僕は、その反対だったと思う。

結論として「デザインの引き出し」とは何か?
実際に引き出しを一つあけたら、一つのアイデアが入っているというわけでなく、自分らしいデザインができる過程で、次々にアイデアを思いつき、自分の好きなデザインの方向に進んで行くという意味なのかも知れない。
posted by ふぁくと at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | デザイナーを目指す若者へ